(前半はこちら。)
2015年、移住前にトレッキング旅行とワーホリで2回訪れていたニュージーに戻ってきた。もう期限が決められた楽しむための旅行ではなくて、ここに根付くために、毎日結果を出し続けるのだ、その積み重ね以外に自分がここに定着できる道はないんだと思って最初の数年を過ごした。
入国してすぐ、専門学校に通って調理の基礎を勉強。
学生ビザでは週20時間までしか働けないので、これではやっていけず、朝wwoof(労働力と宿泊場所を”交換”。)をやりゲストハウスで仕事して家賃を浮かせ、午後から学校でシェフ業を学び、夜は飲食店でのバイト戦法でこれを2年やってなんとか食いつないだ。
車なんて当然持てず、ゲストハウスで知り合った日本人サイクリストのNaotoさんが譲ってくれたミニベロを漕いで行けるところはどこでもそれで移動した。
30歳ともなれば先立つものもあり、スキルなし、コネなし、お金なし、渡航前から「移民一世の暮らしはしんどいよ」と聞いていた言葉にもろに直面した。
それでも望んでやって来たニュージーでの移住生活は希望に満ちていて毎日が充実していた。「いずれNZでパン屋やりたいです」と周りの人に打ち明けることが、エネルギーの源だった。
学校を無事に卒業して、ジョブサーチビザという3年間有効のビザを取って、念願のパン屋に就職。
ここで今の師匠であるドイツ人のパトリックに出会う。
パン屋で将来への経験を積むと同時に、並行して英語の勉強も続け、永住権を目指すという戦術で気づけば4年。移民法は度々改正され、ビザへのハードルはどんどん上がり、先が見通せない時期もあったけど、「何かあれば必ず力になるから。ビザは絶対に取れるから心配するな。Don’t worry Masa. 100%!」と師匠の言葉に背中を押されては、また明日もがんばろうという気になれたし必要があればサポートしてくれた。
永住権までの道のりは当初の予定よりもだいぶ長くなってしまった。それでも有難いことに取得できた今、少し腰を落ち着かせてパン屋計画も含めたこれからの生活を考えていきたい。
いつか自分の店で焼いたパンをニュージーランドの人に食べてもらう日がくるのを夢見て!
コメントを残す